book「生きたことば、動くこころ」河合隼雄語録

河合隼雄語録「生きたことば、動くこころ」 岩波書店 2010年

本書は、京大臨床心理学教室での事例検討会における、河合隼雄のコメントをまとめたもの。
当時の大学院生がテープ起こししたノートがもとになっています。
事例は掲載されずコメントだけなので、わかりにくい面もあるが、心理臨床専門家だけでなくとも人の心の動きの様々な示唆が得られます。
何回も読み込んでいくと河合隼雄の深さに触れることができるのではないでしょうか。

本書の構成は
Ⅰ 面接場面の具体的問題
Ⅱ クライエントの内的力動
Ⅲ クライエントーセラピスト関係
Ⅳ セラピストとしての問題
Ⅴ 治療観から人間観へ

今回は「セラピストとしての問題」から「共感の本質」の一部を紹介します。

—————————
セラピストがこの人の気持ちとか感情にペースを合わせて聴いていこうというのだったら、
この人のつらさというものをよっぽどわかってないといけない。(略)
「そりゃ大変ですね」って言っても、それは話にならないわけです。(略)

聴いていく、受け入れていくんだったら、この人の悲しみというものをものすごく分らないといけない。
そのためには、こういう人の書いた本いっぱいあるでしょ。小説もあるでしょうし、そういうの読んで自分で想像力をたくましくて、自分が女性で子ども抱えて一人でアパートに暮らしていたらどうなるのかということをもっと感じないといけない。

そこに波長を合わせていたら、一つひとつの話なんかは何も返事しなくていいというようになるんです。
全然返事がないんだけれども、クライエントはものすごく深いところで聴いてもらっているような気がするんです。

向こうは、何やら放っておかれているのか、わかってもらってのか、わからなくなってこざるをえないけど、考えざるをえない、ということになってくるわけですね。

・・・・・・・・・・・・・・
(障害児ももってないのに話を聴く)資格もないのにと、クライエントから短刀を突き付けられて、
なんでそこに座っているといわれているほどセラピストの胸にこたえてなかったら、それは共感にならないんです。

—————————

共感というのは、単なる言葉のやりとりではなく、セラピストがどこまで深いところで感じるのかで、クライエントも深いところで受け止められてると感じること。こんな共感にすこしでも近づきたいものです。